昔読んだ小説、江戸川乱歩の鏡地獄が好きです。
十代の頃読んだ時には、様々な角度の鏡が張り付けられている装置に入ったくらいで発狂なんてしないだろうと思っていたのですが、今思うとあれは意味があるのではないかと思うのです。
鏡にうつる自分というものが、こっちの鏡から見れば、違う自分。こっちの鏡からみればまた違う自分。
それは価値観の乱反射だったのではないかと思うのです。
今見ている自分というものが、この角度はかっこいい、この角度はブサイクなどは、思ったことのある人も多いと思います。
なので、鏡地獄の空間の中には、かっこいい自分とブサイクな自分が同時に存在する。
では自分とはなんなのか?その価値観だけでなく、自分が行ってきたことに対しても、いいことをしたと思ったことが人の視点次第では悪いことに変わってしまう、大変な思いをしたことが、違う視点であればいいことへ向かう出発点であって、いいことに変わったり、価値観というものは、視点次第でどうとでもなると思うのです。
なので、視点がぐるぐると変わっていく鏡地獄の中で、主人公は価値観を根底から覆されたり、元に戻ったり、凄まじい速さでの価値観の変貌を見続ける装置に入ってしまったのだと思うのです。
発狂するかもしれないな、と、思うのです。自分という存在、価値観、視点、それだけのシンプルな問いかけですが、人間は一生それに左右される気がしますし、鏡という要素だけでこれだけ面白い小説を書ける江戸川乱歩の凄さがわかる小説だと思います。